金山康喜 「静物」 (絵の採掘坑 28)
先日、葉山の一色海岸に行ったこと、第一の目的は神奈川県立近代美術館の葉山館の展覧会であったことに触れました。
朝日新聞夕刊の"美の履歴書"で紹介された「食前の祈り」と題された絵を見て実物を見てみたくなり、展覧会『金山康喜のパリ―1950年代の日本人画家たち』に足を運びました。
金山康喜は、1950年にその「食前の祈り」を描いて新制作派協会展に入選、新制作派協会新作家賞に選ばれています。
その翌年1951年に渡仏、パリで静物画を中心に絵画制作に取り組みましたが、一時帰国した58年の翌年、59年に33歳の若さで世を去りました。
さまざまな画風が展開しつつあった1950年代のフランス・パリで、新鮮な具象画を描き続けた画家です。
「食前の祈り」は、リズミカルで不思議な構図と落ち着いた色彩に魅かれました。
十数脚の黒い椅子たちが手前から奥まで、自らの意思で好きなところに思い思いのたたずまいで居座っているようで、なんとなく微笑ましい感じ。
灯っているものもあればそうでないものもある丸い照明たちも色、形、大きさが様々。
真中手前に描かれた酒瓶は、牛乳瓶や缶とともに茶色のテーブルに置かれていますが、テーブルの形・向きは捉えどころがなく、それが不思議な空間を作り出しています。
一方、色彩はブルーとグレーを基調としていて、落ち着きとともに憂いも感じさせます。
それは開かれた窓の外の少し赤みが入ったクリーム色の空間と、青いテーブルを前に目を閉じ黙想している風の人物によっても助長されているように感じます。
金山は、パリでは精力的に静物画を描いています。
といっても、彼の本格的な油彩作品は50点ほどしかなく、そのうちパリ時代のものは35点ほどだそうです。
今回パリ時代の静物画が20点ほど展示されていました。
対象となった静物は、酒瓶、牛乳瓶、缶、コップの他、アイロン、帽子、ハサミ、湯沸し、手袋、コーヒーミル、時計、コーヒーポット、水差し、煙草、マッチ、天秤、ヒラメ!など。
いずれの作品も独特の色使いで描かれていて、まずはその色使いに、そして複数の静物を配した不思議な空間に惹きつけられます。
「静物O [鏡の前の静物]」では、鏡の前の台に置かれた酒瓶、牛乳瓶、時計、コーヒーポット、そして天井から釣り下がった電球が二重に描かれています。
台は先半分が畳められていますが、他の作品のテーブルと同様、きちんとした遠近法では描かれていないので、不思議な色面になっています。
鏡の中の静物の背景に映っているのはベランダでしょうか。
彼の油彩は、パッチワークのように色が配された下塗りの上に、絵の具が何層にも薄く塗られ、その上に静物が浮き上がっています。
ところどころで下の絵の具が透けて見え、それによって、背景に包み込まれるような、なんともいえない雰囲気を感じます。
下の作品は彼のアトリエに残されていた下塗り状態の未完のカンバスです。
この未完の下塗りを見た後で改めて完成作品を眺めて見ると、下塗りのパッチワークの様が透けて見えてくる作品がいくつかありました。
パリ時代に親交のあった画家野見山暁治が、パリの金山康喜のアトリエには何もそれらしい静物はなく、”金山が「モノなんて本当は無いんや、見てるときだけ在るんや」と冷ややかに笑っていた”と書いています。
94歳になる野見山暁治が今回の展覧会に寄せて書いた「カナヤマ」という文章を読んで胸が熱くなりました。