ロラン「プシュケとクピドの宮殿のある風景」 (絵の採掘坑 17)
ドイツ滞在中、長めの週末を妻とロンドンで美術館三昧をして過ごしたことがありました。
2泊3日の滞在でしたが、ナショナル・ギャラリーには3日通いつめました。
ナショナル・ギャラリーには13世紀末から1900年までのあらゆる画派の絵画が収蔵されています。
我々が前から見たかった北方ルネサンスやイタリア・ルネサンスのオールド・マスターの作品が数多く展示されていて堪能。
一方、我々がまだあまり知らなかった画家の作品にも色々触れることができました。
17世紀フランスの風景画家クロード・ロランもその一人です。
本名クロード・ジュレ。生まれがフランス・ロレーヌ地方であることからクロード・ロランと呼ばれています。
幼くして両親と死別し13歳の頃にローマに出てきて、この地で82歳で亡くなるまで生涯ローマで活動しました。
彼の風景画は早くから高い評価を受け、王侯・貴族から注文を受けています。
その後18世紀19世紀のイギリスで好まれ、ターナーにも大きな影響を与えています。
クロード・ロランの描く風景からは澄んだ空気を感じます。
クロードより40年ほど前にローマに出てきて活躍したフランドルの風景画家パウル・ブリルはクロードに影響を与えたとされていますが、パウルの描く風景からは透明感は全く感じられません。
同時代の他の風景画家の絵も同じです。
ナショナル・ギャラリーで我々の足を止めさせたのはクロードの描く風景の澄み透った透明感のように思います。
ナショナル・ギャラリーには「イサクとレベッカの結婚」「シバの女王の船出」などロランの作品が何点もあります。
「イサクとレベッカの結婚」では晩夏の午後の田園風景を、「シバの女王の船出」では早朝の海岸の眺望を、一日のその時間の光を入念に観察し、光の染み渡った澄んだ空の描写に成功しています。
でも、我々が最も気に入ったのは、「プシュケとクピドの宮殿のある風景」でした。
この絵は、ギリシャ神話のプシュケとクピドの物語を題材にしています。
美貌の王女プシュケにクピドが恋をし、何も知らない彼女は谷間の宮殿に導かれクピドと夫婦になります。
二人はいつも暗闇の中で会いクピドの姿を見ることは許されなかったのですが、ある日姉たちと会ったプシュケは彼女たちにそそのかされ禁を犯してしまいます。
恋人と愛の神殿を失ったプシュケは恋人を求めてさまよい、様々な試練を与えられますが、最後はクピドの愛で二人は結ばれることになります。
この風景画では、海に面した宮殿の外に、プシュケが頬杖をついて座って、何か物思いにふけっています。
柔らかい光が画面全体を包んでいて、空気の中の光の粒子が見えるような気がしてきます。
一方、プシュケの姿からは物憂げな雰囲気を感じます。
この絵が物語のどの場面を絵画化しているのか議論があり、春の西風の神ゼフェロスにクピドの宮殿が見えるところに連れて来られた時の場面、という説が出ている由です。
それならば、プシュケは不安と期待で複雑な気持ちでいるのでしょう。
この絵と対をなしている絵がケルンのヴァルラフ=リヒャルツ美術館にあるということを読み、同美術館の図録をめくって見つけました。
「救出されるプシュケの」いる風景」という作品ですが、森の中の暗闇の中に横たわるプシュケがかすかに描かれている全体的に暗い絵でした。
やはり、ナショナル・ギャラリーで見たクロード・ロランの作品は素晴らしく、印象に残りました。
Claude Lorrain: Paysage avec Psyche et le palais de l'Amour (1664), 88.5x152.7cm
The National Gallery, London