イーゼンハイムの祭壇画 (絵の採掘坑 21)
海外出張中の自由時間に美術館を見て回るようになった頃、『私の好きな世界の美術館・ベスト3』(リテレール・ブックス)という本を購入して読みました。
評論家、学者、作家、芸術家など48名の著名人が各々自分の好きな美術館やその美術館の収蔵品について書いた文章をまとめた本です。
この本の最初の文章が評論家の粟津則夫さんによる『「イーゼンハイムの祭壇画のあるウンター・リンデン』でした。
粟津さんは「イーゼンハイムの祭壇画」について、”若年の頃はじめて見て全身全霊を揺り動かされて以来、私の精神の最深奥部に或るなまなましい問いとして生き続けている作品”と書かれていて、その文章を読んで以来、ドイツ人画家マティアス・グリューネヴァルトによる祭壇画を是非とも見たいと思うようになりました。
その希望がかなったのは2000年の6月。
ドイツ長期出張中に四連休でフランスのブルゴーニュとアルザスを旅行した際です。
コルマールのウンター・リンデン美術館で対面。
キリストの磔刑の壮絶さ、受胎告知/降誕/復活の色彩の鮮やかさと斬新さ、"聖アントニウスの誘惑"の幻想性。
あらゆる面で圧倒されました。
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1512年~1515年頃、マティアス・グリューネヴァルトは、アルザスのイーゼンハイム村のアントニウス修道会付属の施療院の礼拝堂のために開閉式の多翼祭壇画を描きました。
この祭壇画は折り畳み式の翼が2組ついていて、この翼を開閉することで3つの場面が入れ替わるようになっています。
第一の場面は≪キリストの磔刑≫です。平日にはこの場面が見せられていました。
暗い背景に満身創痍のキリストが浮かび上がります。
脇にいるのは、卒倒する聖母マリアと彼女を支える福音書記者ヨハネ、必死に祈るマグダラのマリア、そしてキリストを指さす洗礼者ヨハネです。
左右両翼には、左にペストの守護聖人のセバスティアヌス、右にこの修道院の守護聖人である聖アントニウスが、そして下の翼には墓に埋葬されるキリストが描かれています。
十字架上のキリストの手足は硬直して捻じれ、身体中の無数の裂傷は青黒く変色して死色が広がっています。
釘が打ちつけられて捻じれる両足が非常にリアルでむごたらしいです。
イーゼンハイムの施療院にいた患者達はこの磔刑図を見て、自らの受難とキリストを重ね合わせ、復活=治癒を祈ったのだそうです。
続く第二の場面は、≪受胎告知≫、≪キリストの降誕≫、そして≪キリストの復活≫です。
第一場面のキリスト磔刑のパネルを開けるとこの場面が広がります。日曜日と教会暦の祝日に展覧されたそうです。
画面中央には≪キリストの降誕≫、磔刑のパネルの裏側に当たる両翼には≪受胎告知≫と≪キリストの復活≫が描かれています。
まず目に飛び込むのは右翼の宙空に浮かぶ復活したキリストの姿です。
棺の蓋が開いてキリストを包んでいた衣が波のように宙に伸び、黄・橙色に輝く火の玉を背景に手のひらをかざして立つキリストは神々しいかぎりです。
転がるローマ兵たちの姿もスナップショットのように一瞬が切り取られています。
左翼は受胎告知、中央の2枚のパネルはキリスト降誕の図で、左手に奏楽の天使が集う神殿、右手に聖母子が描かれています。その神殿から足を踏み出そうとしている光り輝く女性は少女マリアです。
いずれも鮮やかで非常に色彩豊かです。
最後の第三場面は守護聖人アントニウスに捧げられるものです。守護聖人の祝日にのみ開かれたそうです。
第二場面のキリスト降誕のパネルを左右に開けると、中央にニコラウス・ハーゲナウアーの手による木彫りの彫刻が設置されています。
真中に玉座の聖アントニウス、左右に聖アウグスティヌス、聖ヒエロニムスが配されています。
そして、両翼のパネルに、グリューネヴァルトによる≪聖アントニウスの聖パウルス訪問≫と≪聖アントニウスの誘惑≫が描かれています。
≪聖アントニウスの誘惑≫で聖アントニウスに襲いかかるグロテスクな怪獣たちは、同じ主題でボスが描くものに比べるとより人間的な血の通った存在に描かれている気がします。
いずれにしても、倒されて髪を引っ張られる聖アントニウスも含めて非常にインパクトのある場面です。
最後には悪霊に打ち勝つ聖アントニウスが、当時"アントニウスの火"と呼ばれた疫病に対する勝利の意味を持たされています。
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初めての訪問から数年後、妻と共に再訪する機会を得ました。
その前年に観たファン・アイク兄弟の「神秘の子羊の祭壇画」と同様、作品の前で暫くの間立ちつくすことになりました。