リヒテンシュタインのヴィーナスとキューピッド (絵の採掘坑 22)
2003年の夏、美術館巡りを目的に妻とスイスを旅行した際、リヒテンシュタインの美術館(ファドゥーツ・コレクション)を訪ねました。
その日は朝、ボーデン湖の畔にあるドイツの町、コンスタンツを出発。
ボーデン湖はドイツとスイスとオーストリアの国境の接する湖で、コンスタンツから橋を渡ればそこはスイスです。
国境の税関で車を停め、パスポートと簡単な車の荷物のチェックを済ませ、スイスの高速道路の年間利用チケットを購入しました。
スイス側の湖岸の景色を眺めつつ、小さな町と通り抜けながらドライブしてリヒテンシュタインへ。
国境沿いを走る高速道路の出口を抜けると、すぐそこはリヒテンシュタインの首都ファドゥーツです。
一国の首都といっても田舎の小さな街といった感じで、街の中央を走る一本道を10分も走ると街の外にでてしまう大きさです。
リヒテンシュタイン侯爵家が収集した美術コレクションは約3万点にのぼり、英国王室に次ぐ規模と質を誇る個人コレクションといわれています。
ファドゥーツの美術館に展示されているのはコレクションのごく一部ですが、全ての絵画がとても良い保存状態で、展示の仕方も工夫してあって楽しめました。
オールドマスターの部屋では、絵画や彫刻はギリシャ神話のテーマ別に展示してありました。
例えば、ゼウスとイオをテーマにしたコーナーでは同じ主題を描いた異なる画家の作品が3枚並んでいて見比べることができました。
ヴィーナスのコーナーでは、ヴィーナスとキューピッドに関する絵画と彫刻が並んでいました。
この美術館にはルーベンスの作品が多く展示されていましたが、『鏡の前のヴィーナス』が秀逸でした。
ヴィーナスは我々に背を向けていて横顔しか見えませんが、キューピッドの持つ鏡に、頬を赤く染めた健康的で美しいヴィーナスの顔が眺められます。
ルーベンスがいつも描く肉感的でふくよかな肢体の女性ですが、かすかに微笑んだ顔は、ルーベンスが描いた数々の女性の顔の中では特に気に入っています。
背を向けた横顔が何となく物憂げに沈んで見えてあまり魅力的ではないのに対して、鏡の中の微笑んだ顔は誇らしげに見える、そのアンバランスなところが強い印象を与えるのかもしれません。
この美術館では、同じ画家の作品でもヴィーナスのコーナー、アポロンのコーナー、メルクリウスのコーナーなどにそれぞれ展示してあって、物語別に楽しめるようになっていました。
ここには、レンブラントの若い頃の作品、『キューピッドとしゃぼん玉』もあります。
本作品を制作した頃レンブラントは28歳。既に2年前に出世作となった『テュルプ博士の解剖学講義』によって高い評価を得ていました。
"愛の神キューピッド"と"しゃぼん玉"が、"愛"の"はかなさ"のアレゴリーになっています。
しゃぼん玉にも左上方向からの光が当たって反射していますね。
ルーベンスのヴィーナスの作品は124x98cm、レンブラントのキューピッドの作品も75 x 93cmで、両作品ともそれほど大きくありません。
この美術館に展示されている絵画には自宅で飾るのにちょうどよい大きさのものが多くあり、そのことがなんだか嬉しく感じられました。
ファドゥーツ城は山の斜面に貼りついたように建っている小さなお城で決して広くはなさそうです。
縦横が2mや3mもあるような大きな絵画はこのお城には不向きなのではないかとつい勝手な推測をしました。
美術館を訪問後はツーリスト・インフォメーションでお金を払ってパスポートに入国スタンプを押してもらい、次の目的地、スイス・チューリヒの郊外にあるヴィンタートゥアに向かったのでした。