la-musicaの美の採掘坑

自然、美術、音楽、訪れた場所などについて、「スゴイ!」「きれいだな...」「いいね」と感じたものごとを書き留めています。皆さんの心に留まる記事がひとつでもあればうれしいです。

フィリッポ・リッピ~聖母子像 (絵の採掘坑 26)

自分をイタリア・ルネサンス絵画へ誘ってくれたのは、学生時代の初めてのイタリア旅行で、フィレンツェウフィツィ美術館で観たフィリッポ・リッピの「聖母子と二天使」でした。

ウフィツィで初めて観た数多くの宗教画の中で、フィリッポ・リッピが描くマドンナが最も麗しい女性像と思いました。

同じフィレンツェのピッティ美術館で観た「聖母子」のマリアもはかなく物憂げな表情が魅力的で、初めてのフィレンツェ訪問でフィリッポ・リッピの描く聖母像に魅入られてしまいました。

フィリッポ・リッピは、1406年頃フィレンツェの下町の肉屋に生まれました。両親を早く失い、カルメル会修道院に入れられ修道士となりました。

ロレンツォ・モナコに画技を習ったとされていますが、その頃カルミネ聖堂プランカッチ礼拝堂で壁画の制作に当たっていたマサッチオの作品からも強い影響を受けているようです。

彼は1452年にフィレンツェ近郊のプラートの大聖堂の壁画制作を委嘱され、1464年頃までこの仕事に携わりました。

このプラート滞在中、彼は尼僧ルクレツィア・ブーティをかどわかすというスキャンダルを起こして告発されますが、メディチ家のコジモ・デ・メディチのとりなしで二人は教皇から還俗を許され正式の夫婦になりました。

フィリッポ・リッピの「聖母子と二天使」に描かれた聖母はルクレツィアが、幼子イエスは二人の息子フィリッピーノ・リッピがモデルとされたという説があります。

フィリッポ・リッピ 聖母子と二天使

少しうつむくような眼差しとスッと通った鼻筋を持つ聖母の横顔は溌剌としていて美しいです。

同時代の画家フラ・アンジェリコが描く聖母に比べると、より人間的で生き生きと描かれている気がします。

聖母の顔の輪郭、髪、そしてヴェールの表現もとても繊細です。

背景は額縁の中の画中画のように見えますが、近景には険しい岩山が、そして遠景には塔のある街並みや水辺の風景が描かれています。

これまでたくさんの聖母子像を観てきましたが、フィリッポ・リッピの「聖母子と二天使」は、聖母マリア像としては、未だに自分にとってベスト・ワンです。

フィリッポ・リッピ 聖母子

ピッティ美術館の「聖母子」は、「聖母子と二天使」よりは早い時期(1452年頃)に描かれた作品です。

こちらの聖母は、目元の感じから少し物憂げで、繊細な表情をしています。

後景のマリアの起源をなす過去の出来事や柘榴を持つ幼子イエスなどのマリアに関するシンボルが描かれていなければ、当時の若い女性の肖像画としてもよさそうな気がします。

フィリッポ・リッピ 聖幼児を礼拝する聖母

フィレンツェでの上述の2作品との対面から暫く経って、ドイツ・ベルリンの国立絵画館で「幼子キリストの礼拝」を観ました。

この作品はメディチ宮の礼拝堂に置かれていた作品で、幼子キリストと礼拝する聖母、父なる神、精霊、洗礼者ヨハネ、そして聖ベルナルドゥスが描かれています。

彼はこの作品の後にも同じ題材で描いていますが、このベルリンの作品の聖母の方が若々しく清楚な表情をしているように感じます。

森の中の風景描写も美しく気に入っている作品です。

同時期に活躍したフラ・アンジェリコが「天使僧」という意味を持つのに対して、フィリッポ・リッピは尼僧と駆け落ちし子供をもうけたため「破戒僧」とあだ名されますが、フィリッポ・リッピの描く聖母は人間的な美しさを持っていて、"ルネサンスの始まり"の女性像と言えるでしょう。

フィリッポ・リッピの聖母像を観に、暫く行っていないフィレンツェを再訪してみたくなりました。