クリヴェッリ~二つの受胎告知 (絵の採掘坑 25)
イタリアには何度か旅行していますが、イタリア20州の中でまだ訪れたことがない州が数多く残っています。
マルケ州もその一つです。
そして、アスコリ・ピチェーノはクリヴェッリが活躍し家庭を築いていただろうといわれる歴史の古い街です。
カルロ・クリヴェッリはヴェネツィアで生まれましたが、姦通事件で有罪とされた後、祖国を離れました。
一時期ダルマティア地方(現在はクロアチア共和国)に滞在し、その後マルケ地方に移ってこの地を舞台に活躍し、アスコリ・ピチェーノで亡くなりました。
クリヴェッリの作品を初めて意識して観たのは、ロンドンのナショナル・ギャラリーにある『聖エミディウスを伴う受胎告知』です。
この絵は1486年、アスコリ・ピチェーノ市が教皇庁から得た自治権の認可を祝福し記念するために描かれました。
大天使ガブリエルは聖母の部屋ではなく街路に舞い降りて、聖母マリアに受胎を告知しています。
一方、大天使の隣には、市の守護聖人である聖エミディウスが街のミニチュアを持って、大天使に感謝を捧げています。
つまり、大天使は受胎告知だけでなく、市の自治権認可の報をももたらしたこととして描かれています。
天使と聖人の足元には、リンゴ(=原罪)とヘチマ(=解毒・救済)が描かれています。
初めてこの作品と対面した時、15世紀のルネッサンス絵画であるにもかかわらず、建物の壁の細かな描写や遠近法による奥行き表現などから、とてもモダンで洗練された印象を受けました。
一方で、人物表現の方はなんとなく劇画っぽく、そのアンバランスさが強く記憶に残りました。
クリヴェッリによる『受胎告知』はもう一点、フランクフルトのシュテーデル美術研究所でも観ることができます。
といっても、フランクフルトの方は、単一の作品ではなく、カメリーノのサン・ドメニコ聖堂の三連祭壇画の一部で、主要部分はミラノのブレラ美術館にあります。
カメリーノの祭壇画は、『聖エミディウスを伴う受胎告知』が描かれる4年前の1482年に描かれています。
『受胎告知』は三連祭壇画の上段に、チューリヒにある『キリストの復活』を挟んで左右に乗せられていたと考えられています。
大天使ガブリエル。
こちらの『受胎告知』では口を開けて告げている様子が描かれています。
マントが翻っていて動きを感じる一方、ロンドンの作品に比べるとより劇画調のように感じます。
ロンドンに比べてこちらのマリアの方が表情もしぐさも柔らかいです。
クリヴェッリの描いた女性の中でも表情が特に優しく、今のところ彼の作品の中ではこの聖母マリア像が自分にとってベストです。
クリヴェッリの作品は19世紀初めの頃はほとんどが元の場所にあったらしいのですが、ナポレオンの侵攻とその後の混乱の中、切り離されたりして世界中に散っていきました。
ラファエル前派を擁する英国でクリヴェッリの華美な様式がもてはやされ、海を渡ったものの一つがロンドンの『聖エミディウスを伴う受胎告知』です。
アスコリ・ピチェーノをはじめとするマルケ州の街にはクリヴェッリの祭壇画がまだ残されています。
元々あった場所でクリヴェッリの作品を鑑賞するために是非一度マルケ州を訪ねたいと思っています。