シュトゥットガルトのペルセウス (絵の採掘坑13)
シュトゥットガルト州立美術館には、ラファエル前派の画家エドワード・バーン=ジョーンズが描いた、ギリシャ神話のペルセウスを主題とした連作があります。
油彩6点と、紙にチョークと不透明絵の具で描いた作品2点の合計8点が収蔵されています。
のちに英国の首相となるアーサー・バルフォアがロンドンの自邸の応接間に飾るために一連の絵を依頼し、バーン=ジョーンズがこの首題を提案したのだそうです。
一連の作品の一つに"The Head of Horror"という題の、ペルセウスがアンドロメダにメドューサの首を泉の水に反射させて見せている絵があります。
多分十代前半だったと思うのですが、ある書店でこの作品の絵葉書を見て惹かれて購入しました。
実物がどこにあるのかを気にしないまま時が過ぎ、2000年にシュトゥットガルト州立美術館を訪れた際、うれしい驚きとともに初めて対面しました。
水面に映るアンドロメダの美しさ。バーン=ジョーンズが描く女性は常に鼻筋が通ってあごがほっそりしています。
水をたたえた台の大理石の質感、活き活きとした花々と柔らかそうな芝生、そしてリンゴの樹とメデューサ(蛇)。構図もしっかりしていて、個人的にはペルセウスの一連の作品の最高峰だと思います。
この作品は、ペルセウスの神話では八つの作品の中で時系列的に最後のものです。
ペルセウスがセリポスの王から怪物メドューサの首を取ってくるように言われ、知恵と武勇の女神アテナからメドューサを打ち取るための剣と鏡を授かる"The Calling of Perseus"から連作は始まります。
続くのが"Perseus and the Grey Women"です。ペルセウスはメドゥーサ退治の折にグライアイという3姉妹の魔女のところに立ち寄り、3人が共用している目を奪うことでゴルゴーンの居場所を聞き出します。
ギリシャ神話では3姉妹は老婆ということになっていますが、バーン=ジョーンズですのでそうは描きません。
そして、ペルセウスは海の精から、姿が見えなくなる兜と空飛ぶ羽のついたヘルメスのサンダル、メデューサの首を入れる袋を与えられます("Perseus and the Sea Nymphs")。
続く、メドューサとの遭遇("Perseus Encounters Medusa")とメドューサの死("The Death of Medusa")の2作品は紙にチョークと不透明絵の具で描かれたもの。ここでペルセウスのメドューサ退治の物語は終わります。
そして話はアンドロメダの物語につながっていきます。
ペルセウスはセリポスへ帰る途中にケフェウス王が支配するエチオピアにやってきて、王の娘アンドロメダが海の怪物の犠牲にされようとしているところに出くわします。
"The Rock of Destiny"はペルセウスが岩に鎖で繋がれたアンドロメダに出会うところを描いています。
ペルセウスはアンドロメダを鎖から解放し、海の怪物と死闘を繰り広げます("The Doom Fulfilled")。
海蛇のような怪物の体は渦巻いていてダイナミックです。兜をかぶったペルセウスはりりしく、一方、後ろを向いて立つアンドロメダは、前の作品での前を向いて立つ姿よりも格段に美しく見えます。
怪物を退治したペルセウスはアンドロメダと結婚。アンドロメダの婚約者であったピネウスとの戦いを経て、アンドロメダを伴って、母ダナエのいるセリポスに帰還します。
シュトゥットガルト州立美術館では、一つの部屋がバーン=ジョーンズのペルセウスの作品に充てられていて、とても贅沢に思いました。
ところで、この州立美術館は、リピーターやファンを定着させるべくサービスに色々工夫を凝らしていました。
まずソファーが多く、しかも座り心地が良いです。
そして、双眼鏡が数多く設置されていて、それを覗くと対象となる作品の意外な細部に気付かされるようになっています。
例えば指輪に焦点を当てていたり、女性の瞳に焦点を当てていたり。
展示の仕方も凝っていて、通路から部屋を幾つも隔てた先の正面の絵が目に届くようにしたりしています。
バーン=ジョーンズの最初に挙げた作品もそうして気付かされました。
シトゥットガルト州立美術館は、バーン=ジョーンズのペルセウス・サイクルのみならず、ラートゲーブのヘレンベルク祭壇画等のドイツのオールド・マスターや20世紀のドイツ表現主義の画家の作品も充実していて、色々新しい発見ができるお薦めの美術館です。