ミュージック・ボックス (歌の採掘坑 19)
歌手の名前はわからないのですが、昔聴いてその声と旋律が深く記憶に刻み込まれていて、今でも思い浮かべられる曲があります。
コンサートではなく映画で聴いた曲ですが、サウンドトラックのCDにも歌手の名前は記載されておらず、その女性ボーカリストが誰であるかはわかりません。
その映画は、ギリシャ出身のコスタ=ガヴラス監督の『ミュージックボックス』(Music Box)という作品です。
主人公はジェシカ・ラング演じる女性弁護士アン。
彼女の父親は戦後ハンガリーから移民してきた男ですが、ある日ハンガリー政府がユダヤ人虐殺犯として彼の強制送還をアメリカに要求してきます。
アンは父親の無実を証明するために立ち上がりますが、調査を進めるうちに、善良で誠実な父親の、過去のもう一つの顔への疑いが生じてきます。
証人との面談のためにハンガリー/ブタペストへと旅立ち、紆余曲折を得て父親の秘密を隠す、古い箱状のオルゴール(ミュージックボックス)に辿り着きます。
結末は非常に重くて、見終わった後はぐったりしてしまいました。
辿り着いた真実によってアンの父親に対する強い愛情と信頼は反転し、苦渋の決断に至ります。
その感情が揺れ動く様を演じたジェシカ・ラングは素晴らしかった。
又、肉親への情愛に溢れる父親であるともに、ユダヤ人虐殺に積極的に関わった過去を持つ男という難しい役柄を素のように演じたアーミン・ミューラー・スタールの演技がすごかった。
この映画で音楽を担当したのはフランスの映画音楽作曲家、フィリップ・サルド。
映画と共に深く記憶に刻み込まれているのは「アンのテーマ」という曲です。
オーケストラの前奏に続き、女性歌手がジプシー風の哀愁を帯びたメロディーをスキャットで歌います。
旋律は一旦ピアノに引き継がれますが、再び女性スキャットがしっとりと旋律を歌い余韻を残して曲は終わります。
サウンドトラックは、ハンガリーの民族楽器も用い、ジプシー風のもの哀しさが漂う旋律が織り込まれた、ハンガリー・ムードたっぷりの音楽になっています。
映画にのめり込んだ中学生時代。映画音楽もFMで流れるサウンドトラックを録音して数多く聴きました。
その美しい旋律で、フィリップ・サルドもお気に入りの作曲家の一人でした。
最初に意識して聴いたのはたぶんアラン・ドロンとジャン・ギャバンが出演した「暗黒街のふたり」だと思います。
銀行強盗犯として十年服役して仮出獄した男が辿る苦難の道を描いた救いのない暗い映画でしたが、フィリップ・サルドの音楽は印象に残りました。
その後聴いたもので好きなのはアラン・ドロン主演のサスペンス映画の「チェイサー」と、ナスターシャ・キンスキー主演の「テス」。
特に「チェイサー」のサントラはスタン・ゲッツのテナー・サックスがカッコよくて痺れます。ジャズのアルバムとしてもお気に入りの一枚です。
持っている「ミュージックボックス」のサントラCDは昔日本で発売されたもの。いま手に入るのは輸入盤でしょうか。
残念ながら映画のDVDは日本では手に入らないようですが、やはり、コスタ=ガヴラス+フィリップ・サルドの映像+音楽で作品を楽しみたいものです。