la-musicaの美の採掘坑

自然、美術、音楽、訪れた場所などについて、「スゴイ!」「きれいだな...」「いいね」と感じたものごとを書き留めています。皆さんの心に留まる記事がひとつでもあればうれしいです。

グアディアナ川の霧 (永遠の場所 19)

学生時代のスペイン旅行。

コルドバでロメロ・デ・トーレス美術館を訪れた後、列車でセビーリャへ向かいました。

翌日セビーリャでは、映画「風とライオン」のロケにも使われたアルカサル、大聖堂とその中の、ムリーリョの「聖アントニウスの幻視」のあるサン・アントニオ礼拝堂を訪問。

昼食後、ポルトガル方面へ向かう列車に乗りました。

まずはウエルバへ向かい、そこで一時間ほど待ってアヤモンテ行きの列車に乗り換えました。

ウエルバからアヤモンテまでは一時間半弱の行程で、始めのうちは荒野に陽が沈む風景を楽しんでいたのですが、あと30分という頃から周りの景色が霧のかかった湿地帯になりはじめ、やがて窓の外の視界がきかなくなりました。

車内の乗客はまばらで、外は幽霊でも現れそうな景色。

このような場所にとどまりたくない、早く町に着いて欲しい、という気持ちが膨らんできたところでアヤモンテに到着。

このような場所からリスボン行きの列車がでるのかなと思っているとそうではない様子。

話を聞くと、川をフェリーでポルトガル川まで渡り、それから列車に乗るらしいことがわかりました。

ポルトガル人の女の子が声をかけてくれて、又、最終のフェリーが20時であまり時間がないということで地元の人達がフェリー乗り場の近くまで案内してくれました。

パスポートを見せた後で切符を買おうとしたものの売っている気配がありません。

ポルトガル人の女の子が確認してくれて、ポルトガル語で説明してくれたのですがわからず、英語を話す青年が代わりに教えてくれたことでは、霧のためフェリーが出航できないようで、21時に最終判断がでるとのこと。

結局、その晩のフェリー出航は中止となり、翌朝9時出航との判断となりました。

夜9時過ぎになってホテルを探し始めたのですが、出足が遅れたこともあり、行くところ行くところ既にいっぱいで部屋が見つかりません。

それでも道行く人やホテルに尋ねて色々回った結果、なんとか部屋を確保しました。

バックパック旅行で駅で寝たこともありましたが、この日はシャワーを浴びてベットで寝たかったこともあり一安心。

手持ちのペセタはホテル代と明日のフェリー代を払うとほとんど残らないので食事はスキップです。

翌日の朝、窓の外には青い空が見えました。

フェリー乗り場に着いた頃は川にまだ少し霧がかかっていたものの、徐々に霧があがり、出航時間には快晴になりました。

フェリーの所要時間は10分程度。昨晩から随分待たされましたが、乗るとあっという間でした。

ポルトガル側の国境街、ヴィラ・レアル・デ・サント・アントニオに着きました。

週末でしたが両替は営業していて、ポルトガルエスクードに両替することができホッとしました。

税関?の建物のポルトガル国旗が青空にたなびいていて、気持ちの良い景色でした。

ポルトガル ヴィラ・レアル デ・サント アントニオ

およそ四時間ほど、列車をのんびりと待ちました。

サント・アントニオから出発した列車をファロで降り、リスボン方面へ向かう列車に乗り換えます。

テージョ川を挟んでリスボンの対岸にあるバレイロには夜7時前に着きました。

フェリーに乗って対岸に渡り、ようやくリスボンに到着。

すぐにホテルを見つけ、部屋に入って腰を下ろすと、前日からの緊張感が徐々にほぐれてきて、ようやく気を抜くことができました。

”グアディアナ川の霧”のおかげでなかなか得難い体験をしました。

リスボンについては坂が多いことが印象に残っています。

ポルトガル リスボン

リスボンの先、旅はマドリッド、パリへと続きました。