オスカー・ラインハルト・コレクション ~ クラナッハ 「ヨハネス・クスピニアン博士とその妻アンナの肖像」 (絵の採掘坑 6)
日本にもたくさんの美術館があるものの、残念ながら、北方ルネサンス絵画を所蔵する美術館はほとんどありません。
上野の国立西洋美術館には、ルーカス・クラナッハ(父)の「ゲッセマネの祈り」があり、他にフランドル絵画もあったかと思いますが、他の美術館については記憶にありません。
一方で、欧米の美術館も所蔵するルネサンス絵画のコレクションを日本へまでは簡単に貸し出せないでしょうから、企画展という形としても日本で目に触れる機会も少ないかと思います。
という訳で、北方ルネサンス絵画にじかに触れたければ、やはりヨーロッパやアメリカ東海岸の美術館を訪れるほかはないでしょう。
ヨーロッパでも日本同様、中小都市にも美術館があり、国立、市立だけではなく、個人のプライベート・コレクションを財団化して公開している個人美術館が多くあります。
こうした美術館を訪れ、コレクションの中に14~15世紀の一級の絵画を見つけて驚かされることもしばしばです。
そのような個人の美術館の中でも、スイスのヴィンタートゥアにあるオスカー・ラインハルト・コレクションはお勧めです。
ヴィンタートゥアは、チューリヒから車で30分くらいのところにある保養地で、オスカー・ラインハルト・コレクションとヴィラ・フローラという二つのプライベート・コレクションがあります。
ヴィラ・フローラの方が美術館としての規模は小さく、テーマを決めた特別展示が中心です。
一方、オスカー・ラインハルト・コレクションは、町外れの丘の上にある別荘を利用した美術館で、アルテ・マイスターから印象派の絵画まで、いずれも趣味がよく保存状態も良い絵が揃っていました。
コレクションの中で最も印象に残ったのは、冒頭で挙げたルーカス・クラナッハ(父)による「ヨハネス・クスピニアン博士とその妻アンナの肖像」です。
この一対の夫妻の肖像画は、オスカー・ラインハルトの居間であった部屋の壁に掛けられています。
この部屋には家具がそのまま置かれていて、温もりのある寛いだ雰囲気の中で、北方ルネサンス絵画が楽しめるのがうれしいです。
この作品は、クラナッハがザクセン選帝侯の宮廷画家に抜擢される以前のウィーン時代、1502~1503年にかけて描かれたものです。
ひと目でクラナッハ(工房)作とわかる艶かしい女性像や好色そうな男性像とは異なり、この初期の作品に描かれた二人は若々しく好く特徴がとらえられています。
背景に描かれた緑の丘や岩山のみずみずしい描写も良いです。夫妻の上にはそれぞれ梟とオウムが描かれていますが、梟は憂鬱質のシンボル、オウムは多血質のシンボルだそうです。
この美術館には、クラナッハによる肖像画の他にもハンス・ホルバインによる肖像画もありますし、ネーデルランド絵画では、ヘールトヘン・トット・シント・ヤンスの「マギの礼拝」やピーター・ブリューゲル(父)の「雪中のマギの礼拝」もあり、見るべきものは多いです。
印象派の作品も、ボール・ルームででもあったような広いメイン・ギャラリーに展示されています。
チューリヒやバーゼルの国立美術館にある印象派絵画よりも良い作品がたくさんありました。
ヴィンタートゥアは、美術館以外にはあまり見所のない街ですが、スイスに行くのであれば、この美術館のためだけでも是非足をのばして欲しい場所です。
Lucas Cranach d.A. "Bildnisse des Dr. Johannes Cuspinian und seiner Frau", 1502-1503 (59 x 45cm, 59 x 45cm)
Winterthur, Sammlung Oskar Reinhart
「ヨハネス・クスピニアン博士と その妻アンナの肖像」