フリードリヒの「ドレスデン近郊の大猟区」 (絵の採掘坑 3)
ドイツ・ロマン主義の風景画家フリードリヒの作品に「ドレスデン近郊の大猟区」があります。
太陽の姿が微かに認められる茜色の空。夕暮れの光が空から遠のき、河の流れる湿地帯は闇の中に落ちていきます。
観る者の視線は地平線へと引き込まれ、日没直前の澄み切った景色の中に包み込まれていくようです。
消えゆく光を水面に写す河が描く曲線と、地平線の上に広がる藤色の空の弧が、その風景に広がりを与えています。
この絵は、カスパー・ダーヴィド・フリードリヒ(Caspar David Friedrich)が晩年の1832年に描いたもの。
彼は1835年に重度の脳卒中の発作に襲われ画業を断念、1840年に亡くなりました。
僕が初めてこの絵に出会ったのは中学生の頃。友人からもらったクラシック・レコードのジャケットがこの絵でした。
暫く写真だと思っていたものが、ある時絵画であることに気付き、同時に画家のフリードリヒの名前も知りました。
レコードはドイツ・ロマン派の作曲家シューマンの交響曲第一番「春」(ヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮)。
フリードリヒが亡くなった翌年の1841年に作られた曲です。
北の大地で過ごした中学生時代、放課後には友人達と裏山を当てもなく散策し、夕陽が沈むまで歩き回っていました。
この時期、自然に触れるなかで段々にロマンティックなものへの憧れが培われ、フリードリヒの絵の風景もシューマンの交響曲の響きとともにじわじわと僕の心の中に染み込みました。
フリードリヒは生涯のほとんどをドレスデンで過ごしました。
この「ドレスデン近郊の大猟区」を含め、彼の作品の多くはドレスデンの国立絵画館(ノイエ・マイスター)にあります。
学生の頃から実物を見たいとずっと思っていたのですが、分断ドイツ時代の東ドイツは自由旅行が困難であったためチャンスがなく、社会人になってからも暫く機会が作れませんでした。
念願の対面が叶ったのは、初めてこの絵に出会ってから22年後。
統一後しばらく経ったドイツに訪問する機会があり、初めてドレスデンを訪れた時でした。
ノイエ・マイスターにはフリードリヒの部屋があります。
「ドレスデン近郊の大猟区」は、「山上の十字架」や「月を眺める二人の男」などと共に、この部屋に掛けられていました。
「やっと会えた」と感慨深くこの絵の前に佇んでいると、いつの間にか頭の中で交響曲「春」の冒頭のファンファーレが鳴り始めていました。
それとともに青春時代の記憶が呼び覚まされ、暫く絵の前で懐かしくメランコリックな気分に浸っていました。
皆さんもこのような「思い出の一枚」がありませんか?
Caspar David Friedrich “Das Grosse Gehege”, 1832 (73.5 x 102.5cm)
Dresden, Staatl. Kunstsammlungen, Gemaeldegalerie