la-musicaの美の採掘坑

自然、美術、音楽、訪れた場所などについて、「スゴイ!」「きれいだな...」「いいね」と感じたものごとを書き留めています。皆さんの心に留まる記事がひとつでもあればうれしいです。

ライプチヒのマットホイアー (絵の採掘坑 19)

2000年の6月、ドイツ・ライプチヒの造形美術館を訪れました。

この美術館は、中世から20世紀までのドイツ絵画を中心に展示していて、「アダムとエヴァ」をはじめとするクラナッハの作品やフリードリヒの「人生の諸段階」などが鑑賞できます。

又、ファン・デル・ウェイデンやフランス・ハルスなどのネーデルランド絵画もあり、見るべき作品が多々あります。

ちょうどこの時期、20世紀の旧東ドイツの画家、ヴォルフガング・マットホイアーの特別展が開催されていました。

初めて耳にする画家でしたが、興味を引かれて入ってみて、とても強い印象を受けました。

マットホイアーは1927年にライヒェンバッハ・イム・フォークトラントという街で生まれ、2004年にライプチヒで亡くなりました。

この特別展の開催された2000年には健在でした。

社会主義体制下の東ドイツというと灰色の街並みの印象が強く、その時代の絵画は暗いものなのではないかとの先入観があったのですが、マットホイアーの絵は暖色を多用した暖かいタッチで、雰囲気がどことなくアメリカの画家ホッパーに似ていると感じました。

又、絵の質感がシュールレアリストのマグリットにも似ている感じがしました。

政治的なプロテストを含むようなものや哲学的な題材の作品もありますが、作品全体的には、市井の人の孤独、疎外、郷愁...といったイメージをより強く感じました。

青いライプチヒ 1971

「青いライプチヒ」という作品です。

1971年に描かれたものです。

晴れ渡った青空が清々しいのですが、小さく描かれた、まばらな車や人々がなんとなく寂しさを感じさせます。

でも、この青く広い空が気に入りました。

七つの山の後ろに 1973

これは「七つの山々の後ろに」という1973年の作品です。

道路の先の山々の後ろの地平線に聳えるように立つ女性は、ドラクロワの「民衆を導く自由の女神」をモチーフとしていることは一目でわかります。

左手には銃の代わりに花束を、右手には三色旗の代わりにカラフルな風船を持っています。

マットホイアーは、1968年のプラハの春の弾圧の後に「七つの山々の後ろに」という詩を書いています。

風にそよぐシャツ 1991

これは、ベルリンの壁が崩れて1990年に東西ドイツが統一された後の、1991年に描かれた「風にそよぐシャツ」という作品です。

個人的には、「青いライプチヒ」とともにこの作品が気に入っています。

木の枝にハンガーでかけられた白いシャツが風にそよぎ、その白いシャツに木の影が映っているさまが、穏やかな晴れた一日をイメージさせます。

恋人たち 1996

1996年に描かれた「恋人たち」という作品です。

裸の恋人たちが抱き合って夜空に浮遊しています。夜空には星が瞬いています。

マットホイアーは初期の頃、1964年にも「恋人たち」という小品を描いていますが、その作品では三日月夜に着衣の若いカップルが横になって空に浮かんでいます。

1996年の作品には月は描かれていませんが、恋人たちは右下方向からの光に照らされて片側が白く光っていますので、右下方の画面外側に月があるのでしょうか。

力強いタッチの作品です。

ライプチヒの特別展で作品を見た2000年当時、日本ではマットホイアーについて調べても何も知ることはできませんでした。

その後、2006年の初め頃だったか、書店で手に取った宮下誠さんの『20世紀絵画』という光文社新書の本の中にマットホイアーの名前を見つけました。

宮下さんは2005年夏に旧東独の都市を回ってその地域の美術家たちの作品に接し、”社会主義体制下にあった旧東独時代の美術家たちの作品に漲る莫大なエネルギーに眩暈した”と書かれていました。

この本で、旧東ドイツの政権は社会主義リアリズム、すなわち分かりやすい具象表現を自国の画家たちに強制していたこと、その中で彼らの多くは自発的に具象絵画を描いていたであろうことを知りました。

宮下さんは、”西側の「抽象絵画」以降の現代美術が鑑賞者を置き去りにして観念的な「わからない」ものになって行ったのに対して、旧東ドイツの具象表現は見るものを受け入れ「わかる」ことを妨げず、またことさらに「上手く」描こうとしていないことがかえって見るものの郷愁を誘う”と説明されています。

そして更に、一方で、”描かれているものは風景だったり、歴史の一コマだったり、画家の肖像だったりするのだが、西側の論理ではどうしても解けないコードがあの「社会主義の実験室」でそれぞれの作品に組み込まれたとしか思えないような不可思議な沈黙がそこにはある”と続けられています。

自分は当時、全く美術動向や時代背景を意識しないままにマットホイアーの作品と向き合ったのですが、その時に感じた言葉にしにくい印象を宮下さんの説明で確認できたような気がします。

Leipzig (Das blaue Leipzig) / 1971, 119.5 x 96 cm

Hinter den 7 Bergen / 1973, 170 x 130 cm

Hemd im Wind (II) / 1991, 123 x 104 cm

Liebespaar / 1996, 125 x 100 cm