キース・ジャレット~ケルン・コンサートから (歌の採掘坑 24)
前回、ウィーンを舞台にした映画「ジェラシー(Bad Timing)」について触れましたが、ニコラス・ローグ監督の同映画を通じて知ることでその後親しむことになったのは、クリムト/分離派の絵画だけではありません。
キース・ジャレットの『The Köln Concert ケルン・コンサート』の旋律を初めて聴いたのもこの映画を通じてでした。
映画を見た後暫くの間忘れていたのですが、ある日、大学の友人のアパートで友人が何気なくかけたレコードが『The Köln Concert 』。
出だしの旋律を聴いた途端に、あの時聞いた音楽はこれだったのかと、突然回路がつながりました。
その日以来、色々な場所で『The Köln Concert 』が流れるのを聴いてきました。
卒業旅行で訪れたブルターニュの港町サン・マロでふらっと入ったレストランのことも思い出します。
『The Köln Concert 』がきっかけで、その後キース・ジャレットの音楽を色々聴いてきました。
それでも、聴きたくなって度々戻ってくるのは『The Köln Concert 』の「Part I」、第一曲目です。
彼の即興演奏によるソロ・アルバムも色々聴き、「Scala」など他の場所での演奏にも大好きな旋律はあるのですが、一曲全体を通しての完成度から、「Köln, January 24, 1975 Part I」の26分の演奏は自分にとっては特別です。
静寂の中から澄み切った音が立ち上がってくる導入部。
インプロヴィゼーションで生成される主題は展開・発展し、やがて次の主題に繋がり、時に熱くなり又冷めて、波のように起伏しながら流れていきます。
キースのインスピレーションで音楽が生まれる瞬間、流れる時間を聴く者も共有します。
アンコールの「Part IIc」も旋律が馴染み易くて好きなのですが、個人的には、こちらはインプロヴィゼーションというよりもスタンダード・ナンバーのアドリブ演奏的な印象を持っています。
弾き始めの時点でメロディ・ラインはできあがっていて、迷いもなく一気に展開して行くような。
キースの即興ソロは1973年のブレーメンとローザンヌでのライブ・レコーディングから始まります。
キースは1970年から1971年にかけてマイルス・デイヴィスのバンドに参加していましたが、同バンドの欧州ツアー中にドイツ・ミュンヘンの新興レーベルECMのマンフレート・アイヒャーと出会い、その後ECMレーベルから作品を発表することになります。
1973年に上記のブレーメンとローザンヌの録音を『Solo Concerts』としてリリース、第ニ弾がケルンのオペラ・ハウスでの実況録音の『The Köln Concert』でした。
1975年、キース・ジャレットが29歳の時です。
その後も世紀を跨ぎ様々な場所でソロ・ライブを録音しています。
1983年、キースはゲーリー・ピーコック(ベース)、ジャック・ディジョネット(ドラム)とともにオーソドックスなスタンダード曲の演奏のアルバムを発表し、この”スタンダーズ・トリオ”は80年代以降の彼を代表する活動になり今日まで続いています。
東京でのライブを聴きにいったこともありますが、スタンダーズ・トリオの作品の中では、1983年発表の三作品の内の一作、『Standards, Vol.2』が最も気に入っています。
アルバムの第一曲目の「So Tender」。ルバートでの美しいピアノ・ソロの導入。
インテンポでベースとドラムが入ってトリオの熱いインタープレイに心地よくのせられますが、最後はフェードアウトで終わります。
作曲はキース・ジャレットです。
「Never Let Me Go」や「I Fall In Love Too Easily」のスタンダード・ナンバーもいいです。
学生時代にミュンヘンに数ヵ月滞在していた時、このアルバムを試聴するために暫くレコード店に通いつめたことを思い出します。
1996年、キースはイタリアでのコンサート中に突然激しい疲労感に襲われ演奏がままならない状態に陥ります。
「慢性疲労症候群」との診断で、その後の予定を全てキャンセルし自宅での療養を余儀なくされます。
1998年になってようやくピアノが弾けるようになるまでに回復。同年12月に自宅スタジオで録音されたのが、ソロとしては初のスタンダード・アルバムとなる『The Melody At Night, With You』です。
このアルバムは、闘病生活を支えてくれた妻、ローズ・アン・ジャレットに捧げられています。
ガーシュインの「I Loves You, Porgy」から始まり「I'm Through With Love」までの全10曲。
どの曲も優しく穏やかで慈愛に満ちた演奏で、心に深く沁みてきます。
スタンダードのバラード曲に混じって2曲の民謡/Traditionalが収められています。
アイルランド民謡の「My Wild Irish Rose」とアメリカ民謡の「Shenandoah」。
優しく包み込まれて、肩の力を抜いて休んでいていいんだよ、と言われているような癒しの曲です。
心が洗われます。
スタンダード曲は、ガーシュインの「I Loves You, Porgy」 と「Someone to Watch over Me」、失恋のラブソング「Blame It on My Youth」と「「I'm Through With Love」(歌ではジェーン・モンハイトがお気に入りです)など。
歌だと熱く歌い上げてしまいがちな「Be My Love」 も、穏やかで淡々としながらも、愛おしい気持ちが染み出てきている感じ。
自分にとって大事な一枚です。
今年70歳のキース・ジャレット。
昨年行われた世界各地でのソロ公演からセレクトしたアルバムや30年ほど前に録音されたクラシックのライブ・アルバムがリリースされています。
心に沁みる音楽をまだまだ聴かせて下さい。