la-musicaの美の採掘坑

自然、美術、音楽、訪れた場所などについて、「スゴイ!」「きれいだな...」「いいね」と感じたものごとを書き留めています。皆さんの心に留まる記事がひとつでもあればうれしいです。

神秘の子羊 (絵の採掘坑 20)

ドイツ滞在中に妻と美術館や聖堂を巡ってたくさんの祭壇画を見ました。

その中では、ファン・アイク兄弟の「神秘の子羊の祭壇画」とグリューネヴァルトの「イーゼンハイムの祭壇画」が我々にとっては双璧です。

「神秘の子羊の祭壇画」が明/光とすれば「イーゼンハイムの祭壇画」は暗/影、と言ってしまうと単純化しすぎなのですが、二つの作品は極めて対称的です。

しかしながら、どちらの作品も圧倒的な力をもって観る者に迫り、そして沈黙させます。

ゲントのシント・バーフ大聖堂にあるファン・アイク兄弟の「神秘の子羊の祭壇画」は、グリューネヴァルトの「イーゼンハイムの祭壇画」より約80年前、1432年に完成しました。

中央部と左右の翼部を持つ三連祭壇画の形式で、中央固定部の4枚、左右の翼部に各4枚の合計12枚のパネルで構成されています。

翼部の8枚のパネルには表裏両側に絵が描かれているので、全部で20の場面から構成されていることになります。

神秘の子羊1

元来この三連祭壇画は祝祭日にしか公開されず、平日は両翼が閉じられたままであったそうです。

閉じた状態の祭壇画は上段と下段に分けられます。

上段は主要部に「受胎告知」の場面が描かれています。

天井の低い部屋が4枚のパネルに広がり、ゲントの街並みが眺望できる室内には、左右に天使ガブリエルと聖母マリアが配されています。

そして、上段の屋根裏部屋のような部分には4人の預言者達が受胎告知の場面を見下ろすように描かれています。

一方下段には、内側に洗礼者ヨハネ福音書記者ヨハネが石像の姿で描かれ、外側に寄進者であるヨドクス・フェイトとその妻が跪いて祈りを捧げています。

閉じた状態で現れる祭壇画外部は、抑えた色調で屋内の光の場面が描かれ、抑制した印象を与えます。

神秘の子羊2

両翼部と広げた祭壇画内部は、一転して絢爛豪華な天上の世界と明るい屋外の世界が広がります。

内部も外部と同様に上下二段から構成されます。

開かれた祭壇画でまず目に入るのは、赤、青、緑の衣装をまとい、上段中央部を占める三人の坐像です。

父なる神が、左右に聖母マリアと洗礼者ヨハネを従えています。

この祭壇画では中央にキリストではなく父なる神が描かれていますが、この三人の像が並ぶモチーフは、ビザンチン美術では「デイシス」という伝統的な表現です。

イスタンブールアヤソフィアで「デイシス」のモザイク画を見たことがありました。

父なる神の赤、聖母マリアの青、洗礼者ヨハネの緑の衣装は画面に安定感を与えています。

衣服の襞や飾り物、宝石、冠などの装飾品もとても細密に輝かしく描かれ、三人の超越性を浮かび上がらせています。

手の表情や髪の毛の表現も写実的です。

上段中央の威厳に満ちた三人の左側には"合唱する天使"と”アダム"が、右側には"奏楽する天使"と"エヴァ"が描かれています。

一方、下段はまた異なる印象を与えます。

下段中央部に描かれるのは「神秘の子羊の礼拝」です。

神秘の子羊3

画面中央の祭壇に子羊が立ち、その胸から聖杯に血が流れ落ちています。

そしてその回りに天使達が跪いて祈りを捧げています。

更にその回りを囲むように、旧約の族長、十二使徒に先導される教会関係者や殉教者、そして翼部にも騎士や隠者などの信者が描かれ、画面は大勢の群衆で埋められています。

そして画面中央の最上部には精霊の鳩が舞っています。

これら下段のパネル群については、個人的には、子羊や人々よりもむしろ、丁寧に描き込まれた木々や草花の瑞々しい風景描写の方に目が行きます。

この祭壇画は、その枠に付けられた銘文に、"比類なき画家フーベルトが着手し、彼に次ぐ弟ヤンが完成した"と記されているそうです。

そのため、この祭壇画はフーベルト並びにヤンのファン・アイク兄弟の作品とされています。

ただ、弟ヤンの作品は色々残されているのに対して、兄フーベルトの作品とされているのはこの祭壇画のみで、フーベルトは謎の画家なのです。

「神秘の子羊の祭壇画」は2012年9月から約5年にわたる修復作業に入っていて、3回に分けて3分の1ずつ修復が進められるそうです。

修復終了後に是非また訪れて見てみたい祭壇画です。